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Baden Powell de Aquino は1937年8月6日にVarre-e-Sai で 生まれました。7歳の時 、クラシックギターを始 め、14歳でリオの音楽学校 の学位を取得。15歳には すでにプロミュージシャ ンとして活動、そして20歳 には作曲家として名を知 られるようになっていま した。音楽的な面で彼に 重要な影響を与えたのは 、父親のLilo 、教師のJaime Florence 、 そして、詩人のVinicius de Moraes とPaulo Cesar Pinheiro。Baden はこの二人の 詩人と組んで、当時のブ ラジルの名曲の多くを共 作。これらの曲は今日で は古典となっています。

彼の1966年のアルバム"Tristeza On Guitar"は世界的な支持を 獲得。そして1967年、ドイツのベルリンジャズ祭に出 演したBaden は、熱狂的な称 賛を浴びました。ドイツ の聴衆が彼を熱烈に支持 し愛するようになったの はこのころからです。1970年 、Baden Powell Quartetとして初のヨーロ ッパ~日本ツアーを開始 。大きな成功を収めまし た。彼の多くのアルバム が発売され、サンバとジ ャズを統合してそれにバ ロック音楽の手法を加え た音楽を作り出す、この 経験主義的で即興性に富 んだミュージシャンの姿 を伝えました。そしてこ の時期、アフロブラジリ アン音楽文化とヨーロッ パ音楽文化を融合した、 音楽的クオリティの高い レコーディングを行ない ました。

70年代中期、Baden Powell は深刻な 健康問題に悩まされ、人 前に出ることもレコーデ ィングを行なうこともほ とんどありませんでした 。1983年、家族(妻と二人 の息子)と共に、ドイツ の温泉保養地として名高 いBaden-Baden に移り住み、音楽活 動から遠ざかった生活を 数年間送りました。その 後、ヨーロッパでソロ演 奏を再開し、以前の成功 を取り戻しました。ブラ ジル帰国後の1988年、アルバム"Rio das Valsas"をレコーディン グ。このアルバムは素晴 らしい音楽的雰囲気を持 ち、演奏にも円熟味が加 えられています。一方で 、息子のPhilippe-Baden と Louis-Marcel に対して、熱心に音楽教 育を行ないました。2000年5 月、アルバム"Lembrancas"を録 音。これがこの偉大なブ ラジリアンギターの巨匠 の遺作となりました。

2000年9月26日、Baden はリオデジ ャネイロで生涯の幕を閉 じました。


親愛なる友人の 日本のギタリスト、 小泉清人 さんが翻訳してくれたお かげで、この日本語サイ トを作ることができまし た